草間小鳥子
詩人
シンシア
誰のものでもない小部屋
大きな窓ひとつ
白木の椅子ひとつ
カーテンが揺れると
甘い風のにおいがした
子どもたちが
入れかわり立ちかわりやってきては
ひとつだけ
そっと窓辺へ置いてゆく
それは本 それは枯れ枝
やわらかい靴 貝殻 欠けた食器
菓子箱に入った死んだ鼠
どれもしずかにつめたく
日ざしを浴びてほがらかだった
たったひとつの感情をたたえて
なんと呼ぶのかわたしは知らない
それほどに幼かった
シンシア
居心地のよい部屋
わたしには置いてゆくものがない
決まった呼び名さえ
朝にはまあたらしい服へ袖を通し
夕暮れになれば脱ぎ捨てた
ある朝
子どもがひとり背を向けて
椅子に腰かけている
昨日までわたしのものだった
あたらしい服を着て
(シンシア)
押し付けられた呼び名を窓辺へ置き
はだしで部屋を出た
不意打ちのように失った
なにも持っていなかったはずなのに
ひろい窓が
朝の光へ埋没してゆく
それはたんなる明るさで
手をふるようにカーテンが揺れた
シンシア
時は流れた
たったひとりだ
手に入れるときも
手放すときも