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現代詩

ウェイバックマシン

江永泉/ケンジ・シラトリ

ウェイバックマシンとはインターネット上のワールド・ワイド・ウェブやその他情報を扱うデジタルアーカイブである。アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコにある非営利団体のインターネットアーカイブが2001年にサービスを開始した。 ウィキペディア

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[1] 猿に関連付けられたタッピング音は単一でなく社交的または擬似ランダムのような書かれた剣が現れる生まれた声です

[2] 書かれている猿に関連するゾンビ音は犠牲者の声または擬似乱数です

[3] たとえそれが短くてもそれはただひと一人誰も誰も誰も誰も誰もない

[4] 隠されている鍵となる音はだれにも利用できない乱数コピー数増やす声です

[4] ストローク友人人人人友人友人人人人死んだ都市月光

[4] したがってサル音刻む猿格差ギャップサルだけでなく猿シミュレートする餌でもあります

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[6] シャッフルするとキノコがサイの目に押し込まれます

[7] 別のキーキー音割れ目刻まれたキー残す猿

[7] 価格差に関連する唯一の音は友人と一緒に模られた猿の音です

[8] 鍵は骨格猿の友人であり昆虫鍵はサイの数に似た血液型の剣です

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現代詩

祝日

草間小鳥子

詩人

求めるものが

知識では補えないことを知り

噴水を見ている

繋がれた犬も噴水を見ていた

(素晴らしい動物だ

目の前にないものを怖れない)

犬は花梨の幹に繋がれている

花梨の枝には賢い目をした百舌がいて

百舌を横目に若い猫が風を嗅ぐ

わたしたちは

生産性ではかれない生き物

他者との価値の交換で生きる

矛盾した有機物

足早に行き過ぎるひとの靴音に責められ

それでも

向かい風をただ逃がす

考えない肢体を肯定したいと思う

犬と木と鳥と猫とならんで

見えない部分へ耳をすます

やまない水音

かけがえのない暇

たったいま

遠くでとどろいた

透明な銃声 晴れた日

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現代詩

シンシア

草間小鳥子

詩人

シンシア

誰のものでもない小部屋

大きな窓ひとつ

白木の椅子ひとつ

カーテンが揺れると

甘い風のにおいがした

子どもたちが

入れかわり立ちかわりやってきては

ひとつだけ

そっと窓辺へ置いてゆく

それは本 それは枯れ枝

やわらかい靴 貝殻 欠けた食器

菓子箱に入った死んだ鼠

どれもしずかにつめたく

日ざしを浴びてほがらかだった

たったひとつの感情をたたえて

なんと呼ぶのかわたしは知らない

それほどに幼かった

シンシア

居心地のよい部屋

わたしには置いてゆくものがない

決まった呼び名さえ

朝にはまあたらしい服へ袖を通し

夕暮れになれば脱ぎ捨てた

ある朝

子どもがひとり背を向けて

椅子に腰かけている

昨日までわたしのものだった

あたらしい服を着て

(シンシア)

押し付けられた呼び名を窓辺へ置き

はだしで部屋を出た

不意打ちのように失った

なにも持っていなかったはずなのに

ひろい窓が

朝の光へ埋没してゆく

それはたんなる明るさで

手をふるようにカーテンが揺れた

シンシア

時は流れた

たったひとりだ

手に入れるときも

手放すときも

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日常

2022-1-2 Shimokitazawa

On my way back to my parents’ house today in Shimokitazawa, I saw a very cool girl with bleached blond hair, wearing an oversized black Champion down jacket, dark gray sweatshirt cargo pants or sarouel pants, and stiff black boots, reminiscent of underground rap. Her fashion sense was amazing. That’s Shimokita.

今日の実家への帰り道の下北沢でchampionのオーバーサイズの黒いダウンジャケット、ダークグレーのスウェット製だろうカーゴパンツあるいはサルエルパンツ、ゴツい黒いブーツをした、アンダーグラウンド・ラップを彷彿とさせるとてもカッコいい女子が金髪の女の子と一緒に歩いていた。ファッションセンスものすげぇ。さすが下北。

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日常

EXIT from Social Media (test post)

「何かをわざわざ主張するということは、多かれ少なかれ既存の何かに対する違和感の表明であったり異論反論の性質を帯びるわけで、その主張に対しては、当然ながら既存の何かからの異論や反論が待ちかまえている。個人的な必然性は社会的な必然性との軋轢によって生まれるし、それは新しい軋轢を必ず生む。好むと好まざるとにかかわらず、個人的な必然性に基づくあらゆる主張は、既存の何かに対する宣戦布告であり、ある体制に対する闘争の開始を意味する。だから、文筆には闘争を闘い抜くための心身の強さが求められる。」(樋口恭介)

エゴサ地獄やいいね中毒。
そして「他人を許せない」正義中毒によるバッシングや誹謗中傷から起きた木村花さんの自殺であり、樋口恭介さんの隠遁だ。
俺達はプラットフォームの奴隷だ。
「Facebookは最悪のソーシャルメディアである」(ベルナール・スティグレール)
ソーシャルメディアからのEXITを真剣に考えなければならない。
千葉雅也はかつて「全身ヴィトンの男」とツイートした。
俺達は既存のコードの枠組みのうちで享楽する。
今や俺達は予め企業によって用意された枠組みや箱庭の中でしか遊ぶことができない。
ゲーム、YouTube、音楽、映画、TV、読書、漫画、アニメ、スポーツ、ファッション、化粧、コスメ、ギャンブル、料理、旅行、その他娯楽とされるものあるいは人間の活動全て。
「クリエイティブ」「イノベーション」の重要性が盛んに喧伝されているが、無から工夫して遊ぶということがない。
楽しむための工夫をしない。
いや、できないように営利企業によって仕向けられている。
全てが自己顕示であり、自己慰撫であり、広告でしかない。
情報の過剰と飽和。
資本主義によるデジタルな汚染が人の心の中まで、無意識までをもコントロールしている。
資本がウェブでの動力源だ。
要するに金だ。
俺達は自己の欲望、セクシャリティ、アイデンティティ、思想、そして信仰ですら営利企業によって営利企業の都合の良いように統制され、刺激され、条件づけられ、管理され、コントロールされている。
しかしそのことを告発する身振りも同じく営利企業であるTwitterやFacebookといったプラットフォーム上でなされているという自己撞着に陥っている。
いみじくも仲山ひふみさんが仰ったように「(最後に)笑うのはプラットフォームのみ」。
この告発もそうした自己撞着、自己欺瞞から逃れられない。
ソーシャルメディアからのEXITあるいは解脱は可能だろうか。

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日常

EXIT from Social Media (test post)

“The fact that we take the trouble to assert something is more or less an expression of our sense of discomfort with something existing, or an objection to something existing. Personal necessity is born out of conflicts with social necessity, which inevitably leads to new conflicts. Whether we like it or not, every assertion based on personal necessity is a declaration of war against something existing, the beginning of a struggle against a system. Therefore, writing requires the physical and mental strength to fight through the struggle.” (Kyosuke Higuchi)

Egotistical hell and nice addiction.
Hana Kimura’s suicide and Kyosuke Higuchi’s seclusion occurred because of the bashing and slander caused by the justice addiction that “cannot forgive others.”
We are slaves to the platform.
“Facebook is the worst social media of all.” – Bernard Stiegler
We need to seriously think about EXIT from social media.
Masaya Chiba once tweeted, “There was a full-body Vuitton man.”
We revel within the framework of existing codes.
Now we can only play within the frameworks and boxed gardens prepared beforehand by corporations.
Games, YouTube, music, movies, TV, reading, comics, anime, sports, fashion, makeup, cosmetics, gambling, cooking, travel, and anything else that is considered entertainment or human activity.
The importance of “creativity” and “innovation” is being touted, but there is no such thing as playing with no ingenuity.
We do not devise ways to enjoy ourselves.
No, they are made to do so by commercial companies.
Everything is just for self-expression, self-complacency, and advertising.
Information overload and saturation.
The digital pollution of capitalism is controlling our minds, even our unconscious.
Capital is the power source of the web.
In short, money.
Our desires, our sexuality, our identity, our thoughts, and even our beliefs are controlled, stimulated, conditioned, managed, and controlled by for-profit corporations for their convenience.
However, the gestures of denouncing this are also made on platforms such as Twitter and Facebook, which are also for-profit corporations, and this is a self-contradiction.
Unfortunately, as Hifumi Nakayama said, “the only one who laughs (in the end) is the platform.”
There is no escaping such self-contradiction and self-deception in this accusation.
Is it possible to exit or break free from social media?