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現代詩

湖の島

草間小鳥子

詩人

踏み出せば、前ぶれもなく湖
澄んだ湖水にくるぶしまで浸る
昨日までは町だった
わたしは町を愛せなかったし
町もわたしを愛さなかったが
かつての空を銀の魚がすべってゆく
干しっぱなしのシャツが暗い水にたゆたい
水は容赦なかったのだとわかった

山の火だからと見て見ぬふりをした
夜のうちに火は
木々を焼きつくし
町を舐め
ついに石まで焼いたのだった
誰かが湖を呼び
ほんとうに水はやって来たのだろう
岸辺のところどころから細く煙がたちのぼる
奪えるものは奪い
火は地中へ潜ったようだ
くすぶる木々から
手のひらを焦がし
森のひとびとが降りてくる
めいめい湖岸であたらしい服を受けとり
風力ヨットへ乗り込むところだ
波紋とともに
よるべなく着岸をくり返す町のおもかげ
問いかけはなく
よいことも
わるいことも
ある日
不意に終わる
わたしは町を愛したかった
つらいことばかりだった小さな部屋と
日当りのよい広場 日曜日の噴水
星のかわりに瞬いていた
知らない窓、窓——

測量はしずかにはじまっていた
裾を濡らしてやって来た光のひとは
わたしのうなじへ物差しをあて
——これからあなたは島です
囁いた時には
もう島になっていた
——小さいけれど美しい島です
水平線の彼方ににじむ
いくつもの帆影
じき船が着く
深く息を吐き
両の手をひろげた
もう一度すべてを
あたらしく迎えるために

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