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短歌

短歌は一行対話〈スティコミューティアー〉ではないことに悩みながら書いたエッセイと連作の間の何か

朽木祐

歌人

『鴉と戦争』

ソフォクレスの『アンティゴネー』を読んで少しばかり考へたので、けふは簡潔に筋を紹介しながらそのことについてお話ししたい。

経緯はとうに運命、知らざれば鳴けよ鳴くのだ鴉よ歌を

 オイディプスの冒険は彼を父にした。

向日葵の暗くうつむく花序のその褒賞つまり王位簒奪

 冒険の報償はテーバイ市の王位と母との臥所。オイディプスの母はオイディプスの息子二人と娘二人を産んだ。娘アンティゴネー曰く、呪われた臥所。

父が拠るその杖常に新しく且つ又古き戦争の笏

 その義弟クレオーンはオイディプス王の罪を庇ひ、娘ら二人を庇護することも、王自らの追放の願ひをも聞き届けた。名君であり神を敬うこと篤実だつたその振る舞ひを引き写すかのやうに。しかしその同じ男は、神話の時間軸での後日談である『アンティゴネー』では叛神の振る舞ひに及びオイディプスの娘アンティゴネーを破滅させた。報ひに家族を失ひ、ひいてはテーバイ市の滅びまでも呼び込むことになる。

花とし言へば地上の花を苅り尽くす父よあなたの甲高きこゑ

 兄弟で別れて殺し合ひ戦死したオイディプスの息子の埋葬をクレオーンは死刑を以つて禁じ、アンティゴネーはその禁を破り、テーバイ市の裏切者として野に打ち捨てられてゐた兄の亡骸を弔つた。「あの人は私が葬ります。それをして死ぬのは美しいこと。あの人と共に、愛しい人と共に、愛しい女として横たわりませう」とまで宣べて。

微かにも吹かない風を動かずのあなたの上に散らばる粒子

 捕はれ、王の面前に引き出された彼女は死せる兄を愛し敬ふことがゼウスの法に則ることを言ふ。王権の正義と権威争ひに全て動機付けて考へる王はこれを神の名を僭しての王権への反逆としか理解しない。一行対話〈スティコミューティアー〉の応酬のすゑ、私達は憎しみ合ふためではなく愛し合ふために生まれてくると彼女は叫ぶ。

どれだけの星が滅んだ後でなら兄よあなたと一つの土に

 地上の人間の事情には精通しても思考がその範疇に縛られるクレオーンと、呪われた出生から生きることに何の得があるかとまで述べるアンティゴネーとでは対話どころか闘争さへ成立する見込みがない。それが本当の所。アンティゴネーは然るべき死を避けることなく、クレオーンその言動を狂気として排除する。そこにはコミュニケーションの意味での対話がない。

精神を死者の胎へと射つのです それで今夜はもう寝るのです

 ギリシア悲劇は当時、役者が仮面を着けて演じた。personaの語源であると言ふ。『オイディプス』のクレオーンと『アンティゴネー』のクレオーンが同じ仮面を使ひ回して演じられただらうか。まさか。

父君よあなたのかほにのしかかる重力、死者の手に引き摺られ

 アンティゴネーの疾走をどう感受するか。英雄ではあるだらう。しかし、呪われた出生に傷付き死に取り憑かれたとも、出自の苦難を経て高次の倫理を備へた達人とも言へさうなそれを、どう考へるのか。アンティゴネーを称へること。それは傷付いた人を傷付いてゐるから愛でることから、どれだけ遠いことなのか。出生に先立つ呪ひを自ら引き受けるその振る舞ひを、出生を同じくする妹イスメーネーの凡庸さと比べて、気高さゆゑにこそ自己犠牲は成つたと言ふこともできる。だが、先に引いた兄への執着の強さが、彼女に傷付いた愛、現世では成就し得ない愛といふ造形をもたらしてゐる。彼女を称へることは、男性の過ちに傷付いた女性をそれ故に愛すことと紙一重ではないか。

蔓薔薇を編んであなたに渡したい あなたみたいに血を流せない(朽木祐『鴉と戦争』)

 クレオーンの子ハイモーンはアンティゴネーの許嫁であり、アンティゴネーの死刑を撤回させるべく死を賭して説得を試みる。それは愛が動機であつたにせよ、父の横暴を指摘する地上の論理、政治の言葉を駆使してのものだつた。それゆゑにか、クレオーンは遂に為政者としても視野狭窄に陥り、息子の闘争を情欲に溺れる故の反抗としか見なさなかつた。斯くしてクレオーンはエロースを敵に回してしまつた。彼に味方する神はもうゐない。

魂を孕む行為をしてゐたら射落とせよその光るつがひを

 ハイモーンの愛が許嫁どう受け取られてゐたかについてソフォクレスのテクストは直接語らない。だが少なくとも、幽閉の岩窟にハイモーンが到達したとき、既にアンティゴネーは与へられた餓死の結末ではなく縊死を選択をしてゐた。彼女はハイモーンの闘争も救出も端から期待しなかつたのではないか。ソフォクレスの答へはこのあたりにあるやうにも思へる。

参考人質疑さんかうひとじちうたがひの虜囚のすゑに姫首括る

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遠い声 遠い部屋

桜井夕也

http://www.yuyasakurai.net/

ゆれていて、かがやいて、やがてきえるから。空だけが残って シリウス

そして雪が降り、降り積もり、千年後また雪が降り、降り積もるだろう

遠雷と花弁 星のたましいにひかりを灯す とても遠くて

あなたという洗礼が花の名前を言いそびれた 微熱の海に音を忘れる

そう、それはたぶんユリイカ 空には光がなくて星座のままで

咲き誇ってよ薔薇 吾も汝もいない場所で 朝が閉じている星の声を聞いて

夏のサイダー一気飲みしてペルセウス流星群が鳥葬される

遠い誰かに手紙を出すように花瓶に水を差す たとえば夢 たとえば雪

昼寝したペンギンの税はアカシアで飛行機雲をずっと見ていた

クッキーを重ね着してる銀色の海の向こうにだれかいますか

王冠が卓球をする陽だまりにaloneのnがさびしそうで

ピンク色の象がいつでも空を飛ぶ淡い被写体としてデラシネ

濁音が群生をするわたつみの流線形がカシオペアと会う

とうめいな石楠花の花が壊れてる宝石箱にひろがってゆく

14のリサ、アルデバランを指差していぬのしっぽを鍵盤と言う

まだ遠い場所であなたは銀色の喇叭を鳴らす祝婚として

さようなら兎 さようならアニエス・ヴァルダ 手のひらに降るひかりの翼

金雀枝一面の野にきみが咲いた ひだりききの天使がきれいだ

夏至の日にルカ、笑ってよ 長いことぼくらはずっと森だったから

水鳥の音色を探せばあかときのヒヤシンスになれるからだから